今村翔吾の経歴が珍しい!1日19時間の執筆時間が異常すぎる!

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2022年「塞王の楯」で第166回直木賞を受賞された今村翔吾さん。

今村翔吾さんが小説家として執筆を始めたのは30歳。きっかけはダンスインストラクター時代の教え子の一言でした。

32歳の時 羽洲ぼろ鳶組「火喰鳥」でデビュー。わずか5年で直木賞を受賞された今村翔吾さんが小説家になるきっかけとなった出来事は何だったのか。プロフィールや珍しい経歴、今後の活動についてまとめました。

目次

今村翔吾のプロフィール

直木賞を受賞された今村翔吾さんのプロフィールを紹介します。

直木賞受賞の今村翔吾さん
引用:文春オンライン

名前    今村翔吾(いまむら しょうご)
生年月日  1984年6月18日
年齢    37歳(2022.1現在)
出身地   京都府木津川市
血液型   A型
身長    非公表
体重    非公表
趣味    読書
特技    楽器を弾く

座右の銘は、「真に一擲を成して乾坤を賭す」(まことにいってきをなして、けんこんをとす)~簡単に言うと命を懸けた大勝負をするという意味です。まさに今村翔吾さんの作品のようですね。

自称チャラい歴史小説家と名乗る今村翔吾さんの印象お洒落でダンディーな面持ちです。小説家と聞くと、固いイメージを持っている方も多いかもしれませんが、今村翔吾さんは親しみやすい雰囲気がありますね。

今村翔吾の主な受賞歴

2016年 伊豆文学賞
2016年 笹沢左保賞
2018年 角川春樹小説賞
2020年 吉川栄治文学新人賞
2020年 山田風太郎賞
2021年 吉川栄治文庫賞
2022年 直木賞

過去にも「童の神」と「じんかん」が直木賞候補にノミネートされましたが、残念ながら受賞はありませんでした。

ですので、今回の「塞王の楯」の受賞は、喜びの受賞となったのです。

今村翔吾の珍しい経歴

今村翔吾さんは、1984年京都府木津川市で誕生します。

父親はダンサーの今村克彦さんです。今村翔吾さんの名前の由来は、吾翔る(われ かける)、空を翔ぶようにとの願いを込めて付けられました。

5、6歳時の今村翔吾さん
引用:インスタグラム

小学生の時に歴史に没頭する

今村翔吾さんは、小学5年生の時に買ってもらった「真田太平記」をきっかけに歴史小説に没頭するようになります。学生時代は、一番好きだった教科が社会・日本史でした。

中学生で小説家の夢を抱く

中学生になると作家に憧れ、本を月に30~40冊ほど読んでいたといいます。この頃から小説家になりたいと考えていました。

20代はダンスインストラクター

しかし20代になると家業がダンススクールを経営していた為、跡取りとしてダンスのインストラクターをすることになります。

ダンスインストラクター時代の今村翔吾さん
引用:TBSNEWS

ダンスには全く興味がなかったらしく、無理矢理やらされていて全く上達しなかったそうです。現在より痩せてますね!

また、言われてみればチャラくも見えます…ね。

当時27歳の今村翔吾さん
引用:TBSNEWS

教え子の一言で小説家へ

そんな中、今村翔吾さんが小説家になったきっかけとなる出来事がおこります。それは、ある教え子の一言でした。

その子は、「夢なんて叶わない」と思っているちょっと捻くれたこと子供だったといいます。

「そんなこと言わないで、諦めなければ夢は叶うよ」と返すと「翔吾くんも夢諦めているくせに」と言われ、あまりの衝撃に返す言葉がなかったというのです。

自分の本当の夢は何だったのか…と振り返る今村翔吾さん。しかし、そこでこう言い放つのです。

30歳になってからでも夢は叶うと俺の人生で証明する!」

そして、その2週間後。家業は弟に任せることにし、仕事を辞めて小説を書くこと決めたそうです。

30歳で小説執筆スタート(1日19時間執筆活動)

段ボールひっくり返した机で小説執筆をスタートした30歳。

人生は絶対に頑張らないといけない瞬間があるから今が頑張り時と決め、1日に平均19時間執筆活動をしました。休みなしで2018年1月からスタートして何と1300日連勤しています。寝ている時以外は執筆、書き終わったら10分以内に寝て、起きたら10分以内に書くことを習慣にしていたといいます。

体がどうにかなりそうな気が…ちょっとブラックすぎませんか?

しかし、この努力があってこその受賞になったわけですね。凄すぎます!!

デビューするまで埋蔵文化財調査員

その間、デビューするまでは、「埋蔵文化財の発掘調査員」として働き収入を得ていたそうです。

埋蔵文化財の発掘調査員は、歴史に関わる重要な遺跡・遺物等の発掘をして調査する仕事です。ダンスインストラクターに埋蔵文化財の発掘調査員と珍しい職歴をお持ちです。

32歳で羽洲ぼろ鳶組「火喰鳥」デビュー

そして32歳の時、羽洲ぼろ鳶組「火喰鳥」で待望のデビューをします。

今村翔吾さんが 羽洲ぼろ鳶組「火喰鳥」 を書くきっかけになったのは、北方謙三先生の「この子(今村翔吾)、長編かけると思うで!」の言葉があったからだと言います。

デビュー後は「童の神」と「じんかん」が直木賞候補にノミネートされますが残念ながら受賞はなりませんでした。

37歳で「塞王の楯」直木賞受賞

今回が3度目にして、喜びの直木賞受賞となりました。

直樹賞受賞の一方を受けた時にも「教え子に夢は叶うということを証明できた!」と涙を拭いながら、安堵の表情を見せていたのが印象的でしたね。

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今村翔吾の今後の活動とは?

楽しそうな今村翔吾さん
引用:京都新聞

今後の活動について「ほんタメ」YouTubeでこのように語っています。

・子供達に本を買う、読むという楽しさを知ってもらう為に団体を作って活動していこうと考えています。
・あと30年は小説家として活動します。

また、今村翔吾さんは経営に行き詰った書店を救うため、大阪府箕面市にある「きのしたブックセンター」で店長をされいることでも有名です。

子供達が楽しんで本に触れる場所づくり、今村翔吾さんの活動は着々と進んでいるようです。

京都駅の中のふたば書房は今村翔吾さんの行きつけらしいですよ。

今村翔吾の経歴が珍しい!1日19時間の執筆時間が異常すぎる!まとめ

2022年、直木賞を受賞された今村翔吾さんのプロフィールや珍しい経歴、小説家になったきっかけをまとめました。

きっかけも大事ですが、夢を叶えるための行動、1日19時間執筆を行う今村翔吾さんの努力には驚きでした。

何歳になっても夢を諦めない、そして夢は叶うんだと証明してくださった今村翔吾さんの今後の活躍を応援しています。

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