個性的で独特な視点から切り込む作風が魅力的な映画監督の園子温(その しおん)さん。
日本ではもちろん海外でもハリウッドデビューを果たし、公開された映画は多くの賞を受賞されています。
そんな園子温(その しおん)さんは、愛知県生まれの現在60歳。
映画監督になるまで特殊な幼少期を過ごし、ちょっと変わった経験をしながら映画監督の道を志ました。
今回は、園子温(その しおん)さんの知られざる生い立ちについて紹介をしていきます。
【衝撃】園子温の生い立ちが特殊!幼少期から芸人デビューがヤバかった!
日本でも海外でも有名な映画監督の園子温(その しおん)さん。
特殊な幼少期を過ごし、映画監督になるまで変わった経験をされてきました。
今回は、2021年12月に水道橋博士さんとの対談をされた内容から、園子温(その しおん)さんの生い立ちについて紹介をします。
園子温は愛知県豊川市で誕生する

引用:映画.com
園子温プロフィール
名前 園子温(その しおん)
生年月日 1961年12月18日
年齢 60歳(2022.4現在)
血液型 非公表
出身地 愛知県豊川市
職業 映画監督・脚本家
配偶者 神楽坂恵
園子温(その しおん)さんは1961年12月18日、愛知大学の教授で英語を教えていた父・園音巳さんと高校の教師で母・いずみさんの間に生まれました。
園子温(その しおん)さんの名前は本名で、日本人ではないと思う人もいるかもしれませんが出身は愛知県豊川市です。
名前の子温(しおん)について、幼少期は変な名前でイジメられた経験があり現在でも少し葛藤があるようです。
園(その)という姓は多くはありませんが、愛知県では20人ぐらいいらっしゃいます。
園子温監督の実家は大金持ち
一度は訪れてみたかった望月の井出野屋旅館に宿泊してきました。1976年、市川崑監督の犬神家の一族の撮影に使用された大正時代の木造三階建。
— Kiyo Murakami (@kiyo__m) September 24, 2018
石坂浩二が演じる金田一が駆け下りた階段もそのままです。 pic.twitter.com/aA3wWi9NWf
園子温(その しおん)さんは名家の生まれで、実家を例えていうなら映画「犬神家の一族」のような豪邸だといいます。
とても広い御屋敷だということです。
実家は明治時代から製糸業を営んでおり、豊橋市の土地を広く所有するほどの大金持ちてでした。
当時、豊川市は園家の土地が多く、自分の家に帰るには園家の土地を横切らないと帰れないほどだったといいます。
それほど裕福な実家だったということですね。
お祖父さんの変わった教育を受けていた
園子温(その しおん)さんが文系の道に進むようになったのは、お祖父さんの影響からでしょうか。
お祖父さんは、当時、舞台がやりたいが為に所有している土地を無くなるまで売ってしまいました。
また、インディジョーンズという異名を持ち考古学者としてアメリカへ渡航するなど色々な経験の持ち主とのこと。。
そんなお祖父さんに、園子温(その しおん)さんは「将来は女好きになりそうだから」とアダムとイヴにのっとって蛇を腕に巻くなど少し変わったことをされていました。
しかし、それは何の効果も無かったといいます。
園子温は小学入学時に全〇登校をした

引用:水道橋博士の異常な対談
興味を持ったことは、すぐに行動をする園子温(その しおん)さん。
小学校に入学する頃に、どうして人は裸で生まれてきたのに洋服を着なきゃいけないのか?と疑問を持ちました。
その疑問を解消する為に洋服を着ないで登校したところ、生徒達はすごい勢いで逃げ出し、先生からはものすごく怒られたそうです。
今ではとても考えられない行動ですよね。
この時から、興味を持ったことは実験をしてみるという精神が身に付いていきました。
園子温は6歳の時に映画に目覚める

引用:U-NEXT
園子温(その しおん)さんは6歳の時に洋画「俺たちに明日はない」を見て、映画に目覚めたと言います。
そこで、俳優のポニーとクライドに感情移入したり、映画「ニューシネマパラダイス」を見て号泣するなど、特に洋画への関心は高かったようです。
しかも、小学3年生までには好きな俳優としてアランドロンやポールニューマン、監督はアーサーペンなどをあげています。
当時は、テレビで洋画を多く放送していたこともあり映画に触れる機会が多かったようですが、なかなか渋い路線をいっているところが逸材です。
園子温は小2の時に性に興味を持つ

引用:水道橋博士の異常な対談
園子温(その しおん)さんは、小学校低学年の時に性に興味を持ちます。
性について知ってしまった園子温(その しおん)さんは、当時、学校の広報部に所属していた為、どうやって赤ちゃんができるのかを皆に知らせようとその内容を印刷をして配ったそうです。
すると、それを見た人はあまりの衝撃に号泣する人や、なぜか夕日に向かって走る人など、さまざまな現象が巻き起こったといいます。
どんな風に書いてあったのか…と思うと恥ずかしいような気もしますが、この時から情報を発信していく行動力というものが身に付いていったのでしょうね。
園子温は17歳の時に家出をする
園子温(その しおん)さんは、ビートルズに影響されて17歳の時に白いギターを持って家出をしました。
家出の理由は、今何かしなきゃ自分の人生変えれないんじゃないか、田舎の重力から脱出できないまま大人になるんじゃないかという恐怖感を覚えたからでした。
当時は漫画家になりたかったという夢もあり、手塚治虫さんの「ザ・クレーター」という運命を変えられない短編漫画にも感化されたそうです。
家出したら謎の女性と遭遇

引用:水道橋博士の異常な対談
白いギターを持って東京駅で歌っていた時、謎の女性が近寄ってきました。
謎の女性は園子温(その しおん)さんをラブホテルへ誘い「一緒に死のう」と声を掛けました。
死ぬことなんて全く考えていなかった園子温(その しおん)さんは、もちろん拒否します。
すると謎の女性は、生きるんだったら実家の母の前で旦那になりすまして欲しいと訳の分からないことを言い出したのです。
死を迫られ、生きるほうを選んだ園子温(その しおん)さんは、それから謎の女性とその母親としばらく暮らすことになりますが、嘘をついていることに耐えられなくなり意を決して本当のことを伝えると、意外にもすんなり解放してくれたと言います。そして、ようやく東京へ戻るのです。
無事に東京に戻ることができ銀座をたまたま歩いていた時のこと、そこでついに衝撃を受ける出来事が起こります。
当時、銀座では映画「時計じかけのオレンジ」がリバイラルロードショーされていました。
気になってその映画を見たところ、何とも言えない衝撃を受け何故か「自分には映画が必要だ!」感じたと言います。
これが映画監督の道を志すきっかけになったのです。
17歳の家出から謎の女性との出会い偽りの生活まで、全てこの映画「時計じかけのオレンジ」に巡り会うための出来事だったんですね。運命は決まっていたのかもしれません。
園子温は17歳で詩人デビューする
園子温(その しおん)さんは、詩人としてもデビューされています。
誌や批評を中心にした文学・思想などを広く扱う月刊誌「ユリイカ」や現代詩「現代詩手帖」に掲載されています。
園子温は映画監督としてデビューする
1986年、園子温(その しおん)さんは25歳の時、8mm映画「俺は園子温だ!」がぴあフィルムフェスティバルで入選。
翌年の8mm映画「男の花道」でグランプリを受賞します。
その後は、ベルリン映画祭に招待をされたり、吉祥寺バウスシアターを貸し切り「園子温降臨祭」を開催、2002年には「HAZARD」というニューヨークを舞台にしたオダギリジョー演じる不良青年の青春映画を製作しています。
2008年に長遍映画「愛のむきだし」を公開、2011年には「冷たい熱帯魚」、2015年には「リアル鬼ごっこ」と独特で個性溢れる演出は見る者を釘付けにしていきました。
そして、2021年にはニコラスケイジを主演にした映画「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」がハリウッドデビューするのです。
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園子温は芸人デビューをする

引用:水道橋博士の異常な対談
2013年4月30日、園子温(その しおん)さんは51歳の時、高円寺にて芸人デビューをしました。
映画監督から芸人デビューすることが話題を呼びチケットはバカ売れの満員御礼状態だったといいます。
もともと漫才に興味が無かった園子温(その しおん)さんですが、芸人になろうと思った理由は、東スポ映画祭で映画「冷たい熱帯魚」が賞を総なめにしたのにもかかわらず、授賞式で何もしゃべれなかったのが悔しかったからでした。
その経験もあってか、現在は映画監督として堂々とした話し方をされていますね。
自分には何ができるのか、悩んだり感じたりしたことはすぐ行動し解決をしていく、お祖父さんから学んだことや様々な経験は、全て意味のあることだったんですね。
【衝撃】園子温の生い立ちが特殊!幼少期から芸人デビューがヤバかった!まとめ
今回は、日本でも海外でも有名な映画監督の園子温(その しおん)さんの生い立ちについて紹介しました。
独特で個性溢れる演出や作風は、幼少期の経験や家出などの経験から行動力や精神力が培われてきたのが分かりましたね。
これからも園子温(その しおん)さんのファンとして、応援をしていきます。
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